
天野 由華 | ディレクター
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2026年7月23日、日本の持続可能な航空燃料(SAF)政策は前提を書き換えた。2030年度から石油元売事業者に供給を義務づける——ただし出発点は、ジェット燃料供給量の1%。これまで設計されていた水準は、数量に直せば10%だった。後退なのか、それとも現実に合わせた設計変更なのか。2026年末に迫る最終投資決定の期限を手がかりに、日本のバイオ燃料政策がいま立っている場所を整理する。
数字が置き換わった日
新旧の義務水準を同じ数量ベースで比べると、10%が1%に下がった。段階的に引き上げても、到達点は5%にとどまる。
はじめに、用語をひとつ。SAF(持続可能な航空燃料)は、廃食用油や油脂、エタノールなどを原料とする航空燃料で、既存の航空機と給油設備をそのまま使えることが最大の特徴である。作り方は主に二つ。油脂を水素化するHEFAは技術が確立している一方、原料の量に天井がある。エタノールを転換するATJは原料の余地が大きいものの、日本国内に大規模なエタノール供給源がないため海外調達が前提になる。国内SAFの議論が「原料の話」に収斂しがちなのは、この構造による。
2026年7月23日、経済産業省と国土交通省は第9回「持続可能な航空燃料(SAF)の導入促進に向けた官民協議会」を開催し、ジェット燃料の供給事業者に対して2030年度からSAFの供給を義務づける案を公表した。成田・羽田など全国7空港の国際線を対象に、2030年度に供給量の1%以上、2031年度に3%以上、2032〜2034年度に5%以上をSAFに置き換える、という設計である。
一見すると、これまで語られてきた目標と物差しが違う。2024年度に官民協議会と脱炭素燃料政策小委員会で合意されていたのは、エネルギー供給構造高度化法にもとづき「2019年度に国内で生産・供給されたジェット燃料のGHG排出量の5%相当以上」を2030年に供給する、という目標だった。排出量ベースの表現である。
ところが、この目標には算定式が明記されている。資源エネルギー庁の資料によれば、「2019年度に日本国内で生産・供給されたジェット燃料 × SAFの混合率10% × GHG削減効果50%相当」。つまり旧目標は、設計上そもそも数量ベースで10%混合として組み立てられていた。排出量に見えて、中身は10%である。
すると、新旧は同じ物差しで並べられる。数量ベースで、10%から1%へ。段階的に引き上げた到達点でも5%。出発点で10分の1、到達点でも半分の水準ということになる。
ただし、到達までの時間は短い。1%は初年度だけで、翌2031年度には3%、2032年度には5%に達する。水準は下げつつ、傾きは立てた設計である。
物差しの変更で落ちたものが、もう一つある。
旧目標がなぜ排出量ベースだったのか。資源エネルギー庁の資料は理由を明記している。単なるジェット燃料からSAFへの置き換えに留まらず、将来的なe-SAF——CO2と水素から合成される燃料——の普及も含めた、より炭素削減価値の高い供給を促すため、である。GHGを物差しにすれば、削減率の高い燃料ほど多く数えられる。排出量ベースは、e-SAFを引き寄せるために意図的に選ばれた設計だった。
数量ベースは、そこを区別しない。削減率50%のHEFA1リットルと、削減率90%のe-SAF1リットルが、同じ1リットルとして数えられる。義務の水準が下がったことに目が行きがちだが、同時に、技術の高度化を促す仕掛けのほうも外れている。
旧案では、対象事業者は年間10万kL以上のジェット燃料製造・供給事業者、対象期間は2030〜2034年度の5年間とされていた。期間は新案にも引き継がれている。適用の骨格そのものは、すでにかなり具体化している。
もっとも、これを単なる後退と読むと本質を外す。義務は、事業者が投資判断を下せる水準に置かれてはじめて機能する。達成不可能な義務は、制度そのものへの信頼を損なうからだ。ではなぜ1%だったのか。供給側の足元を見ると、輪郭がはっきりしてくる。
供給の現在地:2026年末という期限
国内で商業供給しているSAFプラントは1件のみ。残る5件は、2026年末までに投資を決めなければ2030年に間に合わない。
2026年4月時点で、日本国内で商業供給が始まっているSAFプラントは、コスモ石油の大阪府拠点(年産約3万kL、2025年4月供給開始)の1件である。これに続く主要プロジェクトは、以下の5件だ。

図1:国内の主なSAFプロジェクト
出典:資源エネルギー庁「持続可能な航空燃料(SAF)に関する取組の現状」2026年4月17日
5件はいずれもFEED(基本設計)の段階にあり、2026年初頭から秋にかけて順次完了する予定だ。ここから先に進むには、FID(最終投資決定)——実際に数百億円規模の建設に踏み切るという経営判断——が必要になる。
そしてこのFIDには、事実上の期限がある。プラント建設には2年半から3年を要する。加えて支援制度に期限がある。生産量に応じた税額控除(SAFは1リットルあたり最大30円)を受けるには2026年度末までに計画認定を受ける必要があり、その認定の要件がFIDである。GX経済移行債によるCAPEX支援は2028年度、グリーンイノベーション基金による技術開発支援は2029年度が適用の終期とされる。資源エネルギー庁は、2030年の大規模供給に間に合わせるには「遅くとも2026年末頃までにFID」が必須だと明記している。
各社もその前提で動いている。太陽石油は2029年の製造開始に向けて「2026年のFIDに向けてFEEDを進めている」と説明しており、出光興産、コスモ石油も2026年中の判断を想定しているとされる。ただし2026年8月中旬の時点で、SAFプラントのFIDを公表した企業はまだない。
つまり2026年は、2030年の姿がほぼ確定してしまう年である。
止まっているのは資金ではなく契約
補助金や税額控除といった支援策は出そろっている。投資が動かない理由は、航空会社との売買契約が固まらないことにある。
資源エネルギー庁の資料は、FIDが直前で止まっている理由も率直に記している。要点は二つある。ひとつは、航空会社との売買契約に一定の見通しが立たない限り、元売事業者はプラントへの投資を決められないこと。もうひとつは、航空会社の側でも燃料費の増加が経営に重くのしかかるため、国際的に見て競争力のある価格でなければ国産SAFを引き取れないことである。交渉は現在も続いている。
ここで鍵になるのがオフテイク契約だ。プラントを建てる前に、買い手との間で「年間これだけの量を、この期間、この価格で引き取る」と決めておく長期契約を指す。SAFプラントは投資規模が大きく回収に十年以上かかる一方、SAFの価格は従来のジェット燃料の3〜5倍。つくってから市場で売ろうとしても、その価格で買う相手がいる保証がない。オフテイクがあれば将来のキャッシュフローが見通せるためFIDを下ろせるし、金融機関もその契約を裏づけに融資を組める。再生可能エネルギーの電力購入契約(PPA)やLNGの長期契約と同じ構造である。
逆に言えば、オフテイクがなければ、補助金がいくら用意されていても投資は動かない。いま起きているのは、航空会社が高い価格でサインしきれず、元売がFIDを下ろせない、という詰まり方である。
では、その値差はどれくらいか。支援策で埋まるのかを、簡単に確かめておく。SAFの価格は従来のジェット燃料の3〜5倍とされるから、値差は従来燃料価格の2〜4倍にあたる。ジェット燃料を仮に100円/Lと置けば、値差は200〜400円/L。生産量に応じた税額控除は最大30円/Lなので、埋まるのは8〜15%にとどまる。しかもこの割合は、ジェット燃料が80円でも150円でも大きくは変わらない。控除は値差を埋める道具ではなく、初期投資の回収を助ける性格のものだと見たほうが実態に近い。残りを誰が持つのかは、まだ決まっていない。
同じ計算は、1%という水準のもうひとつの意味も示す。混合率が低いうちは、値差が燃料コスト全体に与える影響は薄まるからだ。
| 混合率 | 燃料コスト全体の増加 |
| 1%(2030年度) | +2〜4% |
| 3%(2031年度) | +6〜12% |
| 5%(2032〜2034年度) | +10〜20% |
表1:SAF混合率と燃料コストの増加(弊社試算。SAF価格を従来燃料の3〜5倍と置いた場合)
初年度の増加は数%にとどまる。利用者に広く薄く求める制度で吸収できる規模である。ところが2032年度に5%へ上がると、桁がひとつ変わる。1%スタートは、元売が投資判断を下せる水準であると同時に、負担制度を政治的に成立させやすい水準でもある。制度が本当に試されるのは、2030年度ではなく2032年度だと見ておいたほうがよい。
興味深いのは、この詰まりが制度設計の段階で予見されていたことだ。2024年に議論された供給目標の柔軟性措置には、目標量の繰越(バンキング・ボローイング)やグループ会社間の融通と並んで、「利用側との間で取引が不調になった場合」が、事業者の責に因らない事情として目標引き下げや免責の対象に挙げられている。装置トラブルや設備投資額の高騰と同じ列に、商談が成立しないリスクが置かれていた。
7月23日に供給義務案と利用者負担制度の骨格が同時に示されたのは、この詰まりを両側から外そうとする動きと読める。義務があれば需要が確定し、利用者負担があれば値差を航空会社だけで抱えずに済む。
原料をめぐる三つの動き
SAFの採算を左右するのは原料調達である。国内の発生量には天井があり、先行する欧州も原料の7割を輸入に頼り、米国は原料を北米圏に囲い込みはじめた。
売買価格の前提になるのが原料である。ここ一年で、日本の外側の環境は明確に厳しくなった。
第一に、国内原料の上限。 日本国内で発生する廃食用油は年間およそ50万トンとされる。ENEOSは、和歌山のプラントをフル稼働させるには国内の廃食油をほぼすべて集める必要がある、と自ら説明している。事業系の廃食油はすでにほぼ100%回収され、その約7割は畜産用の飼料に向かっているため、SAFがそこへ手を伸ばせば既存の需給と価格に影響が及ぶ。家庭系の回収拡大や、現在輸出に回っている分を国内に戻すことが現実的な打ち手になるが、いずれも量には限りがある。
第二に、欧州の実績が示すもの。 EUはReFuelEU Aviation規則により、2025年から2%、2030年に6%のSAF混合を燃料供給事業者に義務づけている。日本より5年早く拘束力のある制度を動かしている地域だ。ところが欧州航空安全機関(EASA)が公表した2025年の技術報告によると、2024年にEUで供給されたSAFの98%はバイオ由来で、うち81%が廃食油。そして原料の69%が輸入であり、内訳は中国38%、マレーシア12%だった。義務を先行させても、原料は域外に依存する。「国産SAF」という言葉が想定するほど、供給網は国内で完結しない。
第三に、米国の内向き化。 米国環境保護庁(EPA)は2026年3月、2026年・2027年の再生可能燃料基準(RFS)の義務量を過去最高水準で最終決定した。需要は拡大している。一方でクリーン燃料生産税額控除(45Z)は、2025年末以降に生産される燃料について、適格原料を米国・メキシコ・カナダ産に限定した。需要は増え、原料は北米圏に囲い込まれる。世界的な廃食油・油脂の獲得競争が緩む見通しは、いまのところない。
ANAとJALが2026年5月27日に公表した共同レポート「2050年 航空輸送におけるCO2排出実質ゼロへ向けて(第2版)」は、この状況を受けてSAFの確保を一企業の環境対策ではなく経済安全保障上の課題と位置づけ、国内で十分なSAFを確保できなければ日本が就航地として選ばれなくなる可能性に言及している。同レポートは、2025年時点で世界のSAF供給量が全ジェット燃料の0.6%にとどまることも示している。
その落差は、e-SAFでいっそう鮮明になる。IATA(国際航空運送協会)が2026年6月に公表した推計によれば、2026年の世界のSAF生産量は約240万トン、航空燃料使用量の0.8%にとどまる。EUと英国の義務は2030年までに約60万トンのe-SAFを求めているが、稼働中および建設中の世界の生産能力は約2万トン、実際に動いている拠点は1か所しかない。義務量に届くには商業規模の製造設備が約20基必要になる、というのがIATAの試算である。同協会は2030年のe-SAF目標について、生産が可能になる前に義務を課すのは市場創出の順序を誤っている、と強い言葉で批判した。
日本にe-SAFの数量目標はない。合成燃料の商用化目標を2030年代前半とし(2023年に2040年から前倒し)、グリーンイノベーション基金で2028年までに300BPD級のパイロットプラントを実証する、という段階にある。義務を現実に合わせた日本と、現実から離れた義務を掲げて批判される欧州。どちらが正しいかという話ではなく、義務の水準をどこに置くと何が起きるかの実例が、いま二つ並んでいる。
元売事業者から見えている景色
石油元売にとってSAFは、環境投資である前に、縮小する主力事業からの転換先である。ただしそれは、移行計画のなかの数ある選択肢のひとつでもある。
ここまでを供給側の視点から見直すと、違う輪郭が見えてくる。
石油元売事業者にとって、国内の燃料需要は長期的に縮小していく。SAFプラントは、その中で既存の製油所インフラと人員を活かせる数少ない転換先である。ENEOSの和歌山製造所は2023年に石油精製を停止しており、SAF設備はその跡地に建つ。出光興産の徳山事業所も、既存装置の一部転用とタンク類の活用を前提としている。太陽石油の沖縄事業所も、遊休地と既存インフラの活用が出発点だ。SAFは、環境対応として付け加える事業というより、主力事業の縮小に対する答えとして位置づけられている。
だからこそ、判断は慎重にならざるを得ない。この投資が失敗すれば、転換の道筋そのものが揺らぐ。そして採算を左右するのは、設備の効率よりも原料の調達コストである。競争軸は、製油技術ではなく、原料をどれだけ長期・安定・安価に確保できるかに移る。ENEOSが三菱商事と組み、出光が海外プロジェクトからの供給も織り込んでいるのは、この文脈で理解できる。
ただし、SAFが転換先のすべてではない。ENEOSは2025年5月、「カーボンニュートラル基本計画」を改定し、スコープ1・2のカーボンニュートラル達成目標年を2040年度から2050年度へと変更した。供給エネルギーの炭素強度についても、2040年度までに44g-CO2/MJという水準から、2020年度比20〜50%削減へと目標が置き換えられている。同社は同時期の中期経営計画で、脱炭素の方向性は維持しつつも、エネルギー安全保障意識の高まりやプロジェクト採算の予見性低下といった「不確実性の高まり」により、石油を含む安定的で経済的なエネルギー供給がより重視される環境になっているとの認識を示した。
この見直しに対しては、投資家側からの働きかけが始まっている。2026年2月20日、国内外の環境NGO8団体が、ENEOSの大株主である金融機関50社に対して要請書を送付した。2040年カーボンニュートラル目標への再強化と、パプアLNG事業を含む新規化石燃料事業からの撤退を求めるエンゲージメントの実施、そして一定期間を経て達成されない場合にはダイベストメントの検討を求める内容である。送付先には、大手グローバル運用会社から国内の資産運用会社・生命保険会社まで幅広く含まれている。
ここに見えるのは、SAFへの投資判断が、企業の移行計画全体の信頼性という文脈の中に置かれているということだ。数百億円規模のSAFプラントを検討している同じ企業が、移行の速度そのものについて株主から問われている。SAFのFIDは燃料事業の採算計算であると同時に、移行計画をどう説明するかという問題でもある。
供給義務の水準が1%から始まることは、元売にとって二つの意味を持つ。ひとつは、小さくとも確実な需要が法的に生まれること。もうひとつは、その1%だけでは大規模プラントの採算を支えられないこと。
ただし、投資判断が見ているのは初年度ではない。2030年度に1%、2031年度に3%、2032年度以降は5%。プラントが立ち上がってフル稼働に向かう時期と、義務が引き上がる時期はおおむね重なる。年産40万kLや25万kLという計画規模は、1%の市場に対しては過大に見えるが、5%を前提にすれば説明がつく。逆に言えば、この傾きが後ろ倒しされれば、採算の前提が崩れる。
どの計画が実際にFIDに至るかは、外から断じられるものではない。ただし、判断を左右する条件は公開情報からも見える。原料の長期調達契約をどこまで押さえているか、値差の負担先が契約として定まっているか、既存設備の転用によって投資額をどこまで抑えられるか。この三つが揃った計画から順に動くと考えるのが自然である。
この時間差は、さらに川上にも及ぶ。廃食油の回収事業者や国産エタノールの供給者にとって、1%という初期需要は回収網や生産設備へ投資するシグナルとしては弱い。原料の供給網は、義務が本格的に立ち上がるより先に整っていなければ間に合わない、という時間のねじれがある。
経営企画・IR・サステナビリティ部門にとっての論点
SAFは航空業界のニュースに見えるが、出張や航空貨物を使う企業にとっては、2030年度に立ち上がるコストとScope 3開示の話でもある。
SAFの議論は航空セクターの話として扱われがちだが、コーポレート部門から見ると三つの接点がある。
予見可能なコスト増として、いつ計画に織り込むか。 7月23日、国土交通省は航空利用者から広く負担を求め、その財源で航空会社のSAF利用を支援する新制度の骨格を示した。2030年度に国際線から、飛行距離に応じた負担とする方向である。制度設計は「持続可能な航空脱炭素化に関する有識者会議」で議論され、8月28日にエアライン・石油元売・フォワーダー・外航事業者へのヒアリングを行い、年度内の取りまとめを目指すとされる。国際出張や航空貨物の多い企業にとって、これは2030年度に立ち上がる予見可能なコストであり、中期経営計画のどの版から織り込むかという実務判断になる。
Scope 3の算定と開示に直結する。 出張はScope 3のカテゴリー6、航空貨物の輸送は上流・下流の輸送カテゴリーに該当する。SAFの利用によって生じる排出削減の環境価値をどう扱うかは、算定ルール上まだ論点が残っているが、実務の入口はすでに用意されている。国土交通省は「SAF利用可視化ガイドライン」を公表しており、ANAの「SAF Flight Initiative」とJALの「JAL Corporate SAF Program」には延べ358の企業・団体が参画している。SSBJ基準にもとづく開示が2027年3月期から順次始まることを考えれば、環境価値の購入をいつ、どの位置づけで始めるかは、開示の設計と一体で考える論点になる。
原料の出し手としての機会と時間軸。 食品・外食・小売の各社にとって、廃食用油は排出物から原料へと位置づけが変わりつつある。ここで効いてくるのが、義務が1%から始まるという設計だ。初期の買取価格や需要の立ち上がりは、当面は緩やかなものにとどまる可能性が高い。しかし2030年に向けて争奪戦になることは、国内の賦存量の上限を見ても、欧米の動きを見ても明らかである。とすれば問われるのは、価格が動き出す前に回収のエコシステムをどう組んでおけるかになる。回収の枠組みに参加することは、資源循環の取り組みとして開示できる素材であると同時に、供給網の一部を先に押さえることでもある。既存の飼料用途との関係整理も含め、自社の廃棄物フローを見直す時期は、需要が逼迫してからでは遅い。
まとめ
冒頭の問いに戻る。後退なのか、設計変更なのか。答えは設計変更である。ただし、代償を伴う。
供給側の現在地を見れば、10%の義務は達成できる水準になかった。商業供給しているプラントは1件で、残る5件はまだFIDに至っていない。達成されない義務は制度への信頼を損なう。1%から始めて三年で5%まで立ち上げる設計は、投資判断が下せる水準に義務を置き直したものであり、その意味では合理的である。元売の求めに応じた引き下げという見方もあるが、それだけなら到達点も下げればよかったはずだ。三年で5%に立てた傾きは、需要の確実性をつくる意図のほうを示している。
代償は、物差しの側にある。旧目標が排出量ベースだったのは、削減率の高いe-SAFを引き寄せるためだった。数量ベースでは、削減率50%のHEFAと90%のe-SAFが同じ1リットルになる。議論は水準の低下に集中しているが、同時に技術の高度化を促す仕掛けも外れている。日本にe-SAFの数量目標がないことと合わせれば、2030年代前半までの日本のSAFは、既存技術で量を積む方向に定まったと読める。
企業側の実務に引き直せば、焦点は目標値そのものではない。契約・原料・コスト負担という供給網のボトルネックを、自社の移行計画にどう織り込むか。そしてその計画にどれだけの説明を求めるかは、投資家の側の判断でもある。数字は動く。動かないのは、その数字を成り立たせている構造のほうだ。
直近で確認すべきは三つ。2026年末までのFID、8月28日の事業者ヒアリングを経て年度内にまとまる利用者負担制度の設計、そしてエネルギー供給構造高度化法にもとづく供給目標量の法制化。この三つが揃った時点で、2030年の姿はほぼ確定する。ただし制度が本当に試されるのは、混合率が5%に達する2032年度である。
用語ノート
- SAF(持続可能な航空燃料):廃食用油、油脂、エタノールなどを原料とする航空燃料。既存の航空機・給油設備をそのまま使える点が特徴。
- HEFA / ATJ:SAFの製造方式。HEFAは油脂を水素化する方式で技術は確立しているが原料量に限りがある。ATJはエタノールを原料とする方式で、日本では海外調達が前提になる。
- FEED(基本設計)/ FID(最終投資決定):プラント建設の工程。FEEDで仕様と費用を詰め、FIDで実際に建設に踏み切るかを決める。FIDが下りて初めて建設が始まる。
- オフテイク契約:建設前に買い手と結ぶ長期の引き取り契約。将来の売上が見通せるため、投資判断と資金調達の前提になる。
- 値差:SAFと従来のジェット燃料の価格差。現在は3〜5倍とされ、誰がこの差額を負担するかが制度設計の中心論点。
- エネルギー供給構造高度化法:エネルギー供給事業者に非化石エネルギーの利用を促す法律。SAFの供給目標量もこの枠組みで設定される。
詳しくは
- 資源エネルギー庁「持続可能な航空燃料(SAF)に関する取組の現状」(2026年4月17日、第21回脱炭素燃料政策小委員会 資料4)
- 資源エネルギー庁「2030年における持続可能な航空燃料(SAF)の供給目標量の在り方」(2024年9月、第16回脱炭素燃料政策小委員会 資料4)
- 経済産業省「第9回 持続可能な航空燃料(SAF)の導入促進に向けた官民協議会」(2026年7月23日、資料3・資料4)
- 国土交通省「持続可能な航空燃料(SAF)の導入促進に向けた官民協議会」
- ANA・JAL共同レポート「2050年 航空輸送におけるCO2排出実質ゼロへ向けて(第2版)」(2026年5月27日)
- 国土交通省「SAF利用可視化ガイドライン(第二版)」
- ENEOSホールディングス「カーボンニュートラル基本計画 2025年度版」
- IATA「SAF Production Volumes Still Disappointing」(2026年6月)(英語のみ)
- EASA 「ReFuelEU Aviation Annual Technical Report 2025」(英語のみ)
- US EPA 「Renewable Fuel Standard Program: Standards for 2026 and 2027」(2026年3月最終規則、英語のみ)
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