チーフ・サステナビリティ・オフィサー(CSO):企業にとって本当に必要な存在なのか?



企業の取締役会や経営陣には、CEO(最高経営責任者)、COO(最高執行責任者)、CFO(最高財務責任者)といった「最高責任者」たちが欠かせない存在として名を連ねている。近年、これらに続く新たな肩書きとして、CSO(チーフ・サステナビリティ・オフィサー)が世界中で設けられるようになってきている。では、このCSOの使命とは何か。そして、企業のサステナビリティに関する取り組みの成功のために本当に不可欠な存在なのか。本記事では、CSOという役割の進化、戦略的重要性の高まり、そして企業がCSOを任命すべきかどうかについて考察する。

「CSO」の始まりと進化

CSOの役割は、もともと企業の社会的責任(CSR)活動に端を発している。かつてCSR活動は、収益創出よりも企業イメージの向上や維持を目的とする傾向にあり、CSOの役割は広報やマーケティング活動の一環として、「社会貢献」を対外的にアピールすることに重点が置かれていた。しかし、近年この状況は大きく変化している。

今日では、サステナビリティは企業経営において戦略的な必須要件である。CSOは、企業の長期的なレジリエンスの確保、レピュテーションリスクの管理、規制対応、ステークホルダーとの関係構築などにおいて、重要な役割を担う存在とみなされつつある。CFOやCOOといった、職務内容がある程度定められている役職とは異なり、CSOの職務は業界、企業の市場における位置づけ、サステナビリティへの取り組みの成熟度によって大きく変動し、定型化には至っていない。

ESG関連の規制が強化される中で、企業が意思決定の中心にサステナビリティの視点を組み込む必要性が高まっている。CDPやACTといった評価フレームワークにおいても、経営層レベルでのサステナビリティに関する専門性が明確に求められている。例えば、CDPの質問4.2では「貴組織の取締役会は、環境課題に対する能力を有していますか」という問いが設けられており、内部専門家との定期的な協議や、環境分野における専門性を有する役員の存在などが証拠として求められる。このような要求に対して、CSOの存在は有効な対応策となる。

ACTはさらに踏み込み、「Climate Change Oversight Capability」指標において、取締役会または経営層が気候変動の科学的知見と経済的影響を十分に理解していることを企業に求めている。この要件を満たすためには、サステナビリティ委員会を統括する責任者が、関連分野における訓練や実務経験を有する必要があるとされている。ACTは、「たとえ取締役会レベルで気候変動を管理しているとしても、専門性が欠如していれば低炭素移行の妨げとなり得る」と指摘し、取締役会におけるサステナビリティ専門人材の必要性を強調している。

CSOは日本でも世界でも未だ活用不足

日本において、CSOの任命は徐々に広がりつつあるものの、依然として十分とはいえない。2022年に実施された510社(上場・非上場)を対象とした調査によると、CSOを任命していた企業はわずか25%であった。東証プライム市場上場企業に限っても、約半数(48.5%)がCSOを設置しておらず、非上場企業にいたっては81%がCSOを設けていないという状況である。

このような傾向は、日本国内に限らず世界的にも見られる。2023年時点で、Fortune Global 500企業の過半数がCSOを任命していなかった。同記事では、CSOを設置している企業では温室効果ガス排出量が平均3%増加したのに対し、CSOを設置していない企業では、それを下回る増加にとどまったことが示されている。このことから、サステナビリティにおけるガバナンスと環境に対する成果の間には、明確な相関関係があると考えられる。

日本の売上高上位10社のうち、CSOまたはそれに相当する役職を持つのは6社のみである。しかしその多くは取締役ではなく、執行役員レベルにとどまり、かつ他の職務と兼務しているケースが多い。例えば日立製作所では、CSOが Chief Human Resources Officerと人材統括本部長及びChief Diversity, Equity & Inclusion Officerを兼ねており、気候変動戦略への取り組みの優先度が分散される懸念がある。海外ではCSOの戦略的重要性が認識されつつあるものの、取締役会のメンバーとして参加しているケースは依然として少ない。例外として、Mercedes-Benz社、CVS Health社、UnitedHealth Group社が挙げられる。

CSOが取締役会に直接参加できなければ、経済的に厳しい局面ではサステナビリティ施策が後回しにされる、あるいは予算が削減されるリスクが高まる。

多くの企業がCSOを設置していない理由の一つに、社内のサステナビリティ専門人材の不足がある。2024年のClimate Change Coachesの調査によると、72%の企業において、サステナビリティ関連業務に正式に従事する人材は5名以下にとどまっているという。一方で、サステナビリティ関連業務は年々高度化しており、単なる報告やコンプライアンス対応から、経営戦略、リスクマネジメント、ステークホルダー・エンゲージメントへと、その範囲は拡大している。そのため、企業にはより多様かつ専門的なスキルを持つ人材が求められている。

しかしそうした人材は極めて限られているのが現状だ。2023年、日本においてGX関連スキルを持つ人材1人に対する求人は7件以上ある状況が確認され、この分野における深刻な人材不足が明らかとなっている。

CSOの任命は最初のステップではない

「CSOは必要か?」という問いに対しては、「必要だ。ただし、企業のサステナビリティの取り組みの成熟度に依存する。」と答えるのが妥当だろう。CSOの任命は、脱炭素社会への移行という大きな変革プロセスにおけるステップの一つにすぎない。CSOの実効性は、その権限、ミッション、十分なリソースの有無に大きく左右される。意思決定権限や予算管理権限、専門チームによるサポートがなければ、CSOは変革の推進者としてではなく、グリーンウォッシングの象徴に成り下がってしまう。

CSOが真の価値を発揮するためには、企業の中核戦略に組み込まれ、業務オペレーションに影響を与える権限を持ち、そして、ビジョンを実行可能な形に落とし込める専門チームに支えられていなければならない。

そのため中小企業においては、いきなりCSOを任命するのではなく、まずはサステナビリティ人材の確保から始める必要がある。

まとめ

すべての企業が直ちにCSOを設置すべきとは限らない。特に中小企業や、これからサステナビリティへの取り組みを始める段階の企業には、CSOの設置よりも前段階となる基盤整備から着手する方が効果的な場合もあるだろう。

しかし、ESGの視点や長期的なレジリエンスの確保、競争優位性を重視する企業にとって、CSOの戦略的重要性を看過することはできない。サステナビリティは、もはや広報活動や法令遵守の範疇を超えて、経営そのものの問題である。ゆえに、その責任を担うCSOは経営幹部の一員として位置づけられるべき存在である。

将来的には、すべての経営幹部が環境リスクを理解し、それを意思決定に組み込むことが当たり前となるかもしれない。そうなれば、CSOという専門的役職自体が不要になる日が来るだろう。しかし、少なくとも現段階においては、企業はサステナビリティの視点を経営の中枢に置く必要がある。それは環境保護のためだけではなく、企業自身の生存戦略のためでもある。

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