日本の野心的な第7次エネルギー基本計画:近未来エネルギー(前編)



世界的にエネルギー需要がこれまでにないペースで増加する一方で、地政学的な対立が深まっており、各国はエネルギーの安定確保をこれまで以上に重視するようになっている。さらに、気候変動の影響が予測以上のスピードで深刻化し、対応の遅れが将来の取り返しのつかない環境変化を引き起こすリスクにつながる可能性が指摘されている。こうした環境をめぐる国際動向に加えて、日本国内でも経済構造の変化や政治の不安定さも重なり、社会基盤となる重要なインフラ開発への関心が高まっている。このような状況下で、日本企業が低炭素型のビジネスモデルへ移行するためには、安定的でクリーンなエネルギー源を確保することがこれまで以上に重要と考えられ、「原子力発電の再拡大」と「メガソーラー(大規模太陽光発電施設)の台頭」の2つの戦略が、日本のエネルギー目標を達成する手段として注目されている。本連載では、各戦略の科学的根拠を検証し、その利点、コスト、そして日本のエネルギーシステム全体における位置づけを多面的に考察する。まず前編では、変化するエネルギー情勢の全体像と、原子力発電・メガソーラーを解決策として期待する世論の動向を分析する。各戦略における技術を深掘りし、日本における最も適したエネルギーミックスを考察したい。

日本のエネルギー事情の変遷

資源に乏しい日本にとってエネルギーの安定供給は常に課題であり、国内には容易にアクセス可能な化石燃料が乏しいため長らく輸入に依存してきた。かつては原子力発電がこうした課題を長期的に緩和する手段として期待されていたが、2011年の東日本大震災以降、原子力発電は事実上タブー視されるテーマとなった。代わりとして太陽光・風力などの再生可能エネルギーが推進されたが、発電容量の不足と出力変動の問題が続き、海外から輸入する化石燃料への依存は現在も根本的な解消にはいたっていない。

生成AIの時代において、日本はデジタル投資を経済成長の原動力と位置づけている。多数の大規模データセンター計画が進行しており、単一施設で100MWを超える電力を消費し、その約半分が冷却に充てられる場合がある。これに伴い、日本のデータセンター開発計画は前例のないエネルギー需要の増加を招いている。データセンター側はAIのエネルギーコストに対する世論の懸念を和らげるため再生可能エネルギー供給増加を要請しているが、その実現は必ずしも容易ではなく、今後より多くのエネルギー共有が必要なことは明らかである。

一方、夏冬の極端な気温変化は家庭の電力需要を押し上げている。暖冷房機器の効率向上は一定の緩和効果を持つが、効率向上によって利用量が増加する「リバウンド効果」を誘発する可能性がある。住宅保険の火災リスク回避インセンティブに後押しされた住宅の電化は、個別燃料購入よりも系統電力への需要を高めている。また、労働力構造の変化やIndustry 4.0/IoT等といった効率化の流れを受けた産業部門の電化も、系統電力の需要拡大を後押ししている。

急増する需要は既存の供給経路に負荷を与え、そこに地政学的リスクが重なり一層制約が強まっている。2022年のロシアによるウクライナ侵攻は、日本と欧州がロシア産天然ガスに大きく依存している事実を露呈した。紛争下でも続く日本の依存は、米国などが国際的な貿易圧力を強めようとする中で新たなリスクを生み続けている。一方、イスラエルと近隣諸国間の紛争は世界の原油供給を脅かしている。.

太陽光発電をはじめとした再生可能エネルギーは、一度設備が整えば国内で発電できるという魅力的な代替手段である。しかし、太陽光発電のサプライチェーンの多くは中国に依存しており、費用対効果の高いパネルの多くは中国から調達されている。中国と台湾における地政学的緊張は、対中関係の脆弱性を浮き彫りにし、中国サプライヤーへの依存は日本のエネルギー安全保障発展の目標に反する。たとえ台湾周辺海域でのいかなる紛争に日本が関与しなくても、日本が他国から燃料を輸入する海上輸送路に重大なリスクをもたらすことが懸念される。

Figure 1: 台湾海峡への貿易依存 (CSIS)

島国である日本は燃料だけでなく、食料の70%以上も海上輸送に依存しており、コロナ禍後の長期的なインフレは家計を直撃した。近年前例のない賃金上昇が続いているにもかかわらず、生活費の上昇に追いついていないという感覚の広がりに加えて、円安・株高、政治資金をめぐる不祥事等を背景に、社会経済的な格差の拡大を実感する日本の生活者は、外国人観光客が押し寄せる中、政治への説明責任をもとめる声を強めている。

こうした圧力の下、政治はAI需要の拡大を機会と捉える一方、成長を支えるエネルギーをどう確保するかが激しい論点となっている。化石燃料は安全保障上のリスクを伴い、長年後押しされてきた再生可能エネルギーは依然として 十分な供給量を確保できていない。福島第一原発事故の影響により、原子力には負の印象が色濃く残る。そんな中、政府の解として示された「第7次エネルギー基本計画」は、直近の選挙において政治論争の焦点となった。

第7次エネルギー基本計画の概要

資源エネルギー庁は2025年2月に第7次エネルギー基本計画を公表した。同計画は、需要増を見込んだ再生可能エネルギーの野心的な導入目標を示している。データセンター開発に牽引される需要の急増は確実視されている一方、目標達成にあたって複数の課題に直面している。

Figure 2: 2040年度におけるエネルギー需給の見通し(資源エネルギー庁)

戦略目標によれば、太陽光発電による電力量は2040年までに少なくとも1600億kWhの増加が必要であり、高需要シナリオでは2022年比で2500億kWh超の増加が求められる。2022年の太陽光供給はわずか970億kWhに過ぎず、控えめに見積もっても設備容量の倍増が必要である。従来の開発努力を考慮すると、容易な適地は既に枯渇しており、今後は技術・社会・時間の制約が顕在化する。

原子力発電の拡大も戦略目標の柱である。2040年に総需要の20%を原子力で賄う計画であるが、2011年以降の開発停滞により2022年の年間発電は840億kWhに留まる。目標達成には約1500億kWhの発電容量の増加が必要であり、2025年時点で既存発電所の再稼働により320億kWhが回復、240億kWhが建設中であるものの、依然として940億kWhの不足が生じる。長期の開発停滞期を経た日本は、新規容量の迅速な整備という課題に直面している。しかし依然として大きな逆風が存在する。

上記の課題に加え、第7次エネルギー基本計画では効率化により国内エネルギー消費が概ね安定すると想定しているが、産業・輸送の消費の緩やかな増加が見込まれており、実際の需要がこれを上回れば、上述の野心的目標すら需要に対する供給不足が生じる可能性がある。

メガソーラーの台頭

日本は1994年頃から太陽光発電の導入を行ってきた。過去20年では固定価格買取制度(FIT)の導入により、買取価格によるインセンティブが太陽光発電の普及を促した。2022年には需給連動のフィード・イン・プレミアム制度(FIP)へ段階的に移行した。これは固定価格を保証するのではなく、需要側価格を適用する仕組みである。FIPは蓄電池容量の開発を促進する一方、新規太陽光開発のインセンティブを相対的に弱める。日本ではこれまでの開発でアクセス可能な適地はほぼ開発済みであり、2040年の供給目標を達成するには、これまで見過ごされてきた立地の開発が必要となる。こうした二次立地は農村部やアクセス困難な地域に集中しており、社会・環境・経済上の課題を伴う。

遠隔地での容量拡大の解決策のひとつとして、大規模プロジェクトによる規模の経済性を活用することがあげられる。年間約880万kWhを発電する1MW超の案件は「メガソーラー」と呼ばれる。住宅用・屋根設置型太陽光発電は通常この基準を大幅に下回る。太陽光発電プロジェクトの敷地面積は地域条件やパネル配置に大きく依存するが、概算で1万〜2万平方メートル程度を必要とする。

大規模集約型発電は送電設備を最小化し、分散した多数の地点へ小型送電ケーブルを張り巡らせる必要がなく、単一の送電系統で対応できるため、経済的・環境的両面でのコスト最適化を実現する。大規模蓄電システム(BESS)との併用により高い費用対効果の発揮と出力変動の課題緩和が期待でき、また日本のように災害が多い地域では、域内発電と蓄電の組み合わせが災害時のレジリエンス向上にも寄与する。設置後は運用保守のコストが中心となり、事業者は系統電力への売電収入が得られる。

メガソーラーの利点は大きいものの、コストも同様に大きい。これほどの規模の土地利用は往々にして地方やアクセス困難な地域に限定される。山林の防火管理は高齢化・都市化が進む中で、地域コミュニティは広大な周辺森林を管理する能力を失っている。森林管理の代替としてメガソーラーが提案されることがあり、森林管理手法を最適化しても、太陽光発電ははるかに優れた投資収益率(ROI)を生み出す。しかし、こうした利益は生態系サービスの低下を伴い、水質の低下、地盤の不安定化、鳥や昆虫の数の減少、土砂崩れの頻発などを引き起こす。こうした地方では、維持管理のためのアクセス自体が課題となるだけでなく、耐用年数を超えた太陽光パネルは廃棄物となり、不適切に処理されれば地域の土壌を汚染する可能性がある。

次回の記事では、メガソーラーの技術的ポテンシャル、想定される環境コスト、発電ポテンシャル、導入における追い風と課題を検証する。またペロブスカイトやアグリソーラーといった代替太陽光ソリューションの導入可能性と発電ポテンシャルについても取り上げる予定である。

原子力発電の復活

日本における原子力発電は、2011年の東日本大震災と福島第一原子力発電所事故の影響を今なお色濃く残している。事故後は原子力発電の新規開発が停止し、多くの原発が廃炉プロセスへと移行した。2013年の安全対策強化のもと原子力発電所の再稼働ガイドラインが発表されたものの、既存の原子力発電所が運転許可を得始めたのは2020年以降であり、その時点で原発施設の多くが設計寿命の40年に近づいていた。日本では、規制により原子力発電所の最長寿命は安全対策に関わらず40年と定められているため、老朽化した施設は停止を余儀なくされるはずだった。しかし政府は、エネルギー需要の増加とロシアのウクライナ侵攻後の国内エネルギー安全保障の必要性から、老朽化した40年超の原発の運転継続に関する特例申請を認める方針へ転換した。

原子力政策は、縮小から老朽原子力施設の再稼働への転換が進められているが、国民の間での支持は低い。一方で、一部では安定的かつ十分な電力供給を確保するために必要な措置であると認識されている。原子力発電は設備にもよるが燃料補給周期が長く、約15年ごとに燃料交換を行うだけで済む。燃料寿命が長く発電容量が大きいため、化石燃料に比べエネルギーコストが低いという特性を持つ。また、燃焼を伴わないためCo2排出も比較的低く抑えられる。一方、主な環境リスクは事故時の発電所の機能不全と核燃料廃棄物の処理である。

Figure 3. 既存の核分裂発電所の運転を支持するかどうかの調査回答 (Hiroshi Yamagata)

核分裂炉に燃料がある限り、エネルギー生成は継続し、一時停止は不可能である。この特性により原子力発電所は安定したベースロード電源として理想的で、メガソーラーが持つ集中化メリットを保持しつつ、太陽光発電の不安定性とは対照的である。この特性こそが、核分裂発電の主要な安全上の懸念点でもある。事故が発生し適切な条件が満たせなくなった場合、継続的に熱を発生する燃料は「メルトダウン」を引き起こす可能性があり、周囲の全てを過熱させるだけでなく、放射線を周辺環境に漏出させる。これがチェルノブイリ事故で起きた事態である。その後、核分裂発電所の設計には大幅な安全対策が施されてきた。福島第一原発事故後、日本はさらに厳格な対策を導入し、事故から14年が経過した現在、核分裂技術は著しく進歩している。

これらの安全規制を満たすため、日本の事業者は1990年代建設の加圧水型炉(PWR)の設計改修・停止期間中に多額の資本を投じた。これにより既存資産の利用継続を促す一因となったが、これらが再稼働したとしても、現在の生産能力と2040年の供給目標との間には依然として大きなエネルギーギャップが残っている。現在、福島第一原発事故以前に開発が開始された2基の原子炉が建設中である。

Figure 4. 回答者の新規原子力発電所建設に関する意見に対する理由 (Hiroshi Yamagata)
※色分けは回答者の新規原子力発電所建設に関する意見を示しています

2040年に生じる940億kWhの電力不足を補うには、大幅に発電容量を増強する必要がある。しかし新規開発に対する国民の支持は依然として極めて低い。近隣住民の懸念に加え、日本国民は核廃棄物処理という未解決の問題にも強い意識を持っている。小型モジュール炉(SMR)といった新型原子炉やその他の技術革新により、核廃棄物処理の問題は軽減される可能性があるが、これらの技術を導入するには、根強い地域社会の抵抗感と資金面の制約を克服する必要がある。次回の記事では、新興技術、他国での適用事例、そして日本が原子力発電目標を達成できる可能性について検証する。

まとめ

日本のクリーンエネルギーへの野心的な取り組みは高く評価されているが、実現可能性には懸念も示されている。メディアや一般的な議論では「どのエネルギーが最良か」が焦点となることが多いが、需要が急伸する中、経済・政治・地域社会の制約が重なる現状では、真に問うべきは「どのクリーンエネルギーも、目標を達成し得るのか」である。達成できない場合、どのエネルギーで不足分を補うのか。達成できるなら、どのような方法でそれを可能にするのか。

クリーンエネルギーエコシステムに関わる企業、あるいは低炭素移行を計画するすべての企業にとって、これらの問いは極めて重要である。後編では、太陽光および原子力が政府戦略の達成に向けて直面する技術的課題と機会について、より具体的に検討する予定である。

Codo Advisoryは、貴社の具体的な移行戦略の策定と実現を支援できます。弊社の移行戦略支援については、こちらをご覧ください。


詳しくは



Codo Advisoryをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む