レジリエンス・激動の時代におけるサステナブル経営 ~アメリカの経験から学ぶべき教訓~



政治、経済、環境面における混乱により、企業にとってますます不確実な状況が生まれ、長期投資計画の策定が困難になっている。確実性が高まるまでは重要な投資決定の回避が好ましくなるが、このような企業の麻痺状態は、必然的に変化し続ける環境において致命的となり得る。米国は現在、他のどの主要市場よりも不安定であり、特に企業のサステナビリティに関しても顕著である。米国企業は、リスクを助長せずに耐える力=レジリエンス(回復力)を追求することで対応している。この記事では、日本やその他の市場が環境の変動による影響を受ける前に、米国の経験から学ぶことができる4つの重要な教訓について説明する。

米の価格、関税と貿易協定、ミサイル発射と飢饉など、世界情勢はますます暗いニュースであふれている1 。業界を問わず、企業にとって経済・政治・環境のあらゆる側面で事業継続リスクが深刻化し、複合的に絡み合いながら拡大している。そして、そこから生まれる最大の脅威こそが「不確実性」である。

不確実な環境化において、多くの企業は冬に備えるクマのように振る舞う。収益を再投資せず、現金を手元に留め、あらゆる事態に備えようとする。しかし、企業はクマではない。企業はサメに近く、動き続けなければ、生き残れない。
一見「安全策」に見える守りの姿勢は、実際には企業を麻痺させる。不確実性の影響を受けているのは企業だけではない。消費者や顧客のニーズや嗜好も絶えず変化している。しかし、麻痺状態の企業は新たな製品やサービスへの投資を停止し、基幹設備は老朽化し、人員の採用凍結や削減により、一見「効率的」な組織が生まれる一方で、組織内の知見や創造性が失われる。不確実性の本質的なリスクは、企業が消費者ニーズの変化に対応できなくなることである。

不確実性のアメリカ合衆国

現在、アメリカほど不確実性が際立つ市場は存在しない。重要な経済政策がほぼ毎日のように変更され、中期的な事業計画は策定するそばから崩される状況である。関税に関する大幅な変更も短期的な一時停止措置が繰り返され、経営陣は将来像を描くことが困難になっている。長期的に関税が維持されるのか、あるいは撤廃されるのか、また短期的にはいつ導入されるのかすら見通せないのが実情である。長年にわたって確立された制度の急速な解体により、事業成長の柱として依然できるシステムに疑問が生じている。政治的な反発が企業活動に波及し、ESG、サステナビリティ、環境配慮を含む政治的に不安定な分野では、企業が研究内容、情報開示、経営方針を慎重に見直す事態が広がっている。これは、国際的な科学コミュニティが最大限の努力を続けているにもかかわらずの状況である。

前政権下において、米国証券取引委員会(SEC)は、通称「The Climate Rule(気候ルール)」、正式名称「The Enhancement and Standardization of Climate Related Disclosures for Investors 2(投資家向け気候関連情報開示の強化・標準化規則)」を発表し、温室効果ガス排出量の報告を義務付ける連邦規制を導入した。しかし、この規則発表直後に法廷で異議申し立てがなされ、裁判官の判決が下されるまで、試行が停止された3 。その後、新政権発足から100日以内に、大統領が任命したSEC委員長代行が、この規則の法的擁護を取り下げる決定を主導した4 。結果として結果として本規則は、法的には廃止されていないものの、施行の見通しが極めて不透明な状態に陥っている。

サステナビリティ開示は、全国的なESG後退の唯一の標的ではない。バイデン政権下では、投資義務規則に修正が加えられ、退職年金運用者がESGリスクを財務的に重要な要素として投資判断に組み込むことを認める規則改正が行われた。この規則もまた、法廷で迅速に異議申し立てがなされ、現在大幅な見直しが検討されている。 5一方、法律や規制以外の領域では、米国文化に蔓延する社会政治的な「文化戦争」により、ESGトピックに関する世論がより一層二極化している。大統領府からの強硬な反ESG論調は、企業が連邦政府の助成金や補助金を失うリスクを恐れ、ESG活動を軽視または格下げする企業姿勢の強化を促している。税制優遇措置により再生可能エネルギーインフラへの大規模投資を促進するバイデン時代のインフレ抑制法(IRA)の運命も依然として不透明である。

このような状況下では、米国のESGトレンドは明確だと考えるかもしれない。企業は情報開示、データガバナンス、サステナビリティ関連プロジェクトへの投資を見直すべきだという論調である。しかし、アメリカは単一の統合された市場ではない。連邦レベルの包括的な規制が存在しない中、各州が独自の規制環境を形成している。カリフォルニア州は単体で世界第4位のGDPを誇り、日本のGDPを上回る規模である67 。昨年、同州議会は既存の環境規制に加えて、環境情報開示を義務付ける2つの法案を可決した。連邦政府がESGおよび環境規制を後退させる一方で、カリフォルニア州政府はむしろ自州の規制を強化しており、他の州もそれに追随する動きを見せている。ニューヨーク州では2021年にニューヨーク州環境権修正条項(Environmental Rights Amendment)を成立し、 8現在、ニューヨーク州民は、Co2排出規制の公表に関するコミットメントを果たすよう州に求めている9

こうした断片的かつ複雑な規制環境に加えて、EU市場に製品を販売する企業はCSRD(企業サステナビリティ報告指令)およびCSDDD(企業持続可能性デュー・ディリジェンス指令)への対応が不可欠となっており、市場参入のための情報開示対応の是非が経営判断の重要な争点となっている。

企業は情報開示、投資、マーケティング戦略の板挟み状態にあり、いずれか一方に合わせれば、必然的に他方との不整合が生じる構造である。連邦政府は環境リスクや責任に関する情報開示から後退する一方、先進的な州はその空白を埋めるべく独自の規制を拡充している。政治・経済・規制の激動の中、企業は不確実性という麻痺状態に陥るリスクと向き合っている。

待ったなしの環境リスク:顕在化する影響

社会の変化は権力者の意向に左右され急速に変化するが、私たちが依存する生態系はそのような人為的なコントロールが及ぶものではない。政治や経済の不確実がいかに大きくとも、環境問題の影響は確実に現れる。火災、洪水、干ばつ、大気汚染、熱波、竜巻、ハリケーン、水不足、海水の浸入、海岸線の消失、土壌劣化、そして以上寒波——気候変動と環境悪化によるこれらの影響は、もはや将来のリスクではなく、現在進行形の課題である。過去5年間、米国はこれらすべての事象を経験し、壊滅的な被害に直面している。

テキサス州は2021年の冬の嵐ユリで、環境リスクを軽視した代償を経験した。同州は長年、住民に最も安価で大量の電力を提供することを最優先とし、信頼性への懸念を軽視してきた。その結果、異常な寒波が襲来した際、火力発電所が停止し、天然ガスの採掘設備が凍結し、脆弱な変圧器が氷結するなど、州全体の電力網が停止した 10。安価な電力に依存して肥大化した電力需要は、インフラの脆弱性を拡大させ、電力停止とともに水処理、交通、暖房、食料供給が瞬時に停止した。

コロラド州とフォーコーナーズ地域の各州では、環境リスクを見過ごした結果を毎年のように水不足という形で経験している。コロラド川流域では、4つの州すべてが農業、飲料水、発電と各州が水資源の取り合いを続けてきた。過剰な需要と人口・経済の拡大は、元来水質と水量を維持していた自然の調整機能を破壊し続けている。気候変動により雪解け水の貯蔵量が減少し、干ばつの頻度と深刻度が増す中、水資源の確保をめぐる争いはエコシステムそのものの崩壊を加速させ、結果として誰にとっても水の供給が減少している。

バージニア州では老朽化した排水設備が、豪雨のたびに未処理の下水を河川に流出させている。想定を超えた人口増加と、気候変動により激甚化する降雨が重なり、河川やビーチで子どもたちが遊ぶ場所が深刻に汚染されている。また、広範囲に及ぶアスファルトやコンクリートなどの不透水性インフラは、雨水が地下水系へと自然に浸透することを妨げ、慢性的な水不足と洪水リスクが共存する地域特有の「水の二重リスク」を生み出している。

しかし、環境への影響について最も象徴的な事例はカリフォルニア州である。長年にわたる手つかずの自然保護政策と水資源の管理不備、さらには気候変動によって頻発・激甚化する干ばつ、そして人口の急増が重なり、わずかな火種でも州全体に山火事が広がる極めて危険な環境を形成した。

環境劣化のコストは、嵐や山火事といったニュースで報道される事象のみに留まらない。被害を受けた地域に留まることを諦め、より安全な場所へ移住する人々が増加し、これが地域ごとの人口構造を変化させ、既存の社会インフラのひずみをさらに拡大させている。移住や不平等な復興機会、そしてエネルギーや水といった基幹インフラの崩壊が相まって、社会的分断が深まり、政治的な対立や責任の押し付け合いを誘発する構図である。そしてアメリカにおいては、この政治的対立が経済の混乱を引き起こし、企業活動をさらに麻痺させている。米国の企業にとって、情報開示義務が不透明である一方、環境リスクへの備えを怠ることによる実害は確実かつ即座に現れる。たとえESGへの投資と報告の議論が不確実であっても、企業は現実に起きている気候リスクに対応せざるを得ない。その対応策は、単なる現状維持ではなく、変革である。不確実性が支配する時代に求められるのは、あらゆるリスクに耐え得る企業体制の構築、すなわちレジリエンス(回復力、強靭性)の追求である。

麻痺からレジリエンスへ:グローバル企業への教訓

米国の事例は、環境劣化が引き起こす多様な影響の一端を示している。しかし、これらの影響は決して国境に限定されるものではない。日本においても、熱中症、台風、土砂災害、そして四季の消失といった形で、環境悪化の影響が年々深刻化している。今後10年以内に、これらの影響は日本企業にとっても深刻な経営リスクとなることが確実である。激動する経済・国際情勢の中で、日本企業はアメリカの教訓から何を学べるだろうか?

1. 不確実の時代こそ、レジリエンスを追求する

規制の後退と環境リスク拡大により、企業はメッセージングよりも実質的な成果を優先する必要がある。最新の国際イニシアチブに迎合することよりも、リスクの根本原因への対応が重要である。

レジリエンスとは、適応の柔軟性と、リスク低減に向けた事前対策を組み合わせた概念である。環境分野においては、将来の環境影響に備えると同時に、温室効果ガスの排出削減など、リスクの根本原因を低減する取り組みを意味する。最終的にレジリエンスとは、壊滅的な被害を受けることなく企業活動を持続させる力、すなわち変化の中で企業の成功を維持する能力であり、サステナビリティの本質を成すものである。

2. 魅力的なメッセージよりも実質的な成果を重視する  

この考え方には、従来の情報開示偏重パラダイムからの意識変革が求められる。サステナビリティ部門の役割は、広報活動やレポート作成ではなく、企業の事業継続計画の中核に移行すべきであり、マーケティング部門との連携よりも、財務や経営企画部門と密接に連携することが不可欠である。サステナビリティ施策は、新規事業投資と同等の厳格な審査を受けるべきであり、その目的は、企業の中核事業の安定性を高めることにある。

インパクトのある成果を実現するためには、困難なトレードオフも避けられない。リスクに過度にさらされた事業領域は方向転換を迫られ、代替製品やサービスの開発が必要となる。コストと利益の比較も、四半期単位ではなく複数年単位で捉え直すべきである。また、供給網の脆弱性を補強する投資は、短期的な直接的効果が見込めない場合もあるが、長期的な企業の安定に寄与する。こうした議論において最も重要なのは、あらゆる側面を網羅的に検討することである。優先順位の変更は避けられないが、すべての選択肢とその影響を十分に理解し、意思決定を行うことが不可欠である。そのためには、現在の限定的な優先領域にとらわれない広範な視点が求められる。

3. 真のレジリエンスには視野の拡大が必要

行動計画は、生物多様性、水資源、気候、農業など、幅広い環境分野を総合的に考慮し、一つの分野の対策が他のリスクを悪化させる事態を避けなければならない。まず取り組むべきは、脱炭素対策への偏重からの脱却である。過去20年間、サステナビリティの議論は気候変動対策に偏重してきた。脱炭素対策は企業の環境リスクにおける重要な要素であるが、唯一のリスクではない。ドイツの学者ヤン・コニエツコが指摘した「カーボン・トンネル・ビジョン」の通り、企業や投資の関心と資金は、主に気候変動対策に集中してきた。しかし、実際には生物多様性や自然資本の喪失は、社会全体にとって気候変動以上、または同等の深刻な脅威となっているにもかかわらず、企業のリスク評価に体系的に組み込まれ始めたのはごく最近のことである。気候変動は生物多様性の劣化を加速させ、その逆もまたしかりである。いずれか一方だけを考慮するアプローチは、結果として想定外の副作用を招き、リスク低減や適応策そのものを損なう危険性がある。企業は、単一の課題のみに集中するのではなく、複合的な環境リスクを包括的に捉え、真にレジリエントな事業体制を構築することが求められている。

図1:カーボン・トンネル・ビジョン11

図2 :  気候変動と生物多様性に関する出版物と資金調達12

成果重視のアプローチが求められる環境下において、アメリカ企業は気候変動対策と自然資本保全を対立概念として捉えるのではなく、「レジリエンス」という共通の枠組みの下で統合的に推進している。両者を同時に考慮することで、バランスの取れた優先順位付けが可能となる。具体的には、物理的リスクを低減するためのソリューション設計において、法的義務や推奨事項に基づく環境影響評価の枠を超えた広範な環境影響を考慮する動きが広がっている。たとえば、従来の堤防のような設計制約を伴う「ハードインフラ」に加え、炭素吸収効果を有する湿地再生といった「ソフトインフラ」の活用が進められている。これにより、企業は目先のリスク低減と同時に、自社が関与する根本的なリスク要因、つまり環境劣化や気候変動への影響の一部を軽減することが可能となる。

図3 :  生物多様性と気候変動対策の相互インパクト13

各種の研究により、生物多様性の保全を推進する取り組みは、気候変動の緩和にも寄与することが明らかになっている。一方で、気候変動の緩和策や適応策が生物多様性の損失を引き起こすリスクも存在する。こうした相互関係を踏まえ、真の影響を広範に捉えることが、適切な費用対効果のバランスを実現するうえで不可欠である。

4. 早期対応が不可欠─レジリエンス構築を後回しにすれば、復旧と二重のコストが発生

停滞している企業をレジリエントな企業に変革するには時間を要する。環境問題がアメリカのように深刻化し、その影響を日常的に認識する段階まで対応を先送りにすれば、企業は事業の復旧と並行し、レジリエントな体制への転換にも投資せざるを得なくなる。リスクが増大する中での無為・無策こそが、企業にとって最大の脅威である。リスクが顕在化する前に行動を起こすことが、混乱する時代において事業の継続性を確保するための鍵となる。

現在、企業を取り巻くリスク環境は確実に変化しており、過去数十年にわたり企業が依存してきた安定的なパターンに戻ることはない。長年予測されてきた気候変動や生物多様性の損失による環境影響が、いよいよ現実のものとなっている。事業継続を維持するために、企業はアメリカ企業が複雑化する市場環境に対応する方法から学ぶべきである。そのためには、不確実性を受け入れ、成果を重視し、部門間の壁を越え、そして早期に取り組みを開始する必要がある。こうしたアプローチこそが、経済・政治・環境いずれのリスクにも耐え得る企業のレジリエンス、すなわち市場の変動を乗り越える力を高めることにつながる。

組織として、気候変動やネットゼロ目標の枠を超えて、より広範な環境リスクへの理解を深め、レジリエンス構築を本格的に始めたいと考えているのであれば、最初の一歩はリスク認識の拡大である。

Codo Advisoryでは、人間活動が生物多様性に与える体系的な影響、デジタル拡大の環境負荷、環境影響がサプライチェーンに及ぼすリスクなどをテーマに、企業向けの教育ワークショップを提供しています。貴社のレジリエンス構築の第一歩として、ぜひご活用ください。


詳しくは


  1. https://www.fsa.go.jp/news/r6/sonota/20250613/01.pdf ↩︎
  2. https://www.sec.gov/newsroom/press-releases/2024-31
    https://www.sec.gov/files/rules/final/2024/33-11275.pdf
    ↩︎
  3. https://climatecasechart.com/case/iowa-v-securities-exchange-commission/ ↩︎
  4. https://www.sec.gov/newsroom/press-releases/2025-58 ↩︎
  5. https://climatecasechart.com/case/utah-v-walsh/ ↩︎
  6. https://voiceofsandiego.org/2025/05/23/sacramento-report-californias-economy-ranks-4th-in-the-world/ ↩︎
  7. https://www.imf.org/external/datamapper/NGDPD@WEO/JPN ↩︎
  8. https://natlawreview.com/article/new-york-courts-provide-additional-guidance-implementation-green-amendment ↩︎
  9. https://weact.org/updates/first-of-its-kind-lawsuit-filed-urging-new-york-to-release-overdue-climate-law-regulations/ ↩︎
  10. https://www.tdworld.com/disaster-response/article/21213032/texas-big-freeze-the-2021-power-crisis-and-the-lessons-learned-one-year-later ↩︎
  11. https://www.cognizant.com/us/en/insights/insights-blog/moving-beyond-carbon-tunnel-vision-with-a-sustainability-data-strategy-codex7121 ↩︎
  12. https://www.frontiersin.org/journals/ecology-and-evolution/articles/10.3389/fevo.2017.00175/full ↩︎
  13. https://www.iges.or.jp/jp/publication_documents/pub/policyreport/jp/11634/IPBES_IPCC_ws_J_final.pdf ↩︎


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