”良い”CSRD報告書とは――評価のポイント



日本企業がCSRD(企業サステナビリティ報告指令)に準拠した報告書の準備を進める中で、「同業他社と比べて、自社の報告書の信頼性をどのように確保すればよいのか」という質問を受ける機会が増えている。こうした疑問に応えるため、本記事では様々な業界から5社のCSRD報告書を選定し、公開情報をもとに評価を実施した。本ケーススタディでは、「優れた報告書」と「課題のある報告書」の具体的な特徴を示し、信頼性の高い開示のあり方を明らかにする。

はじめに

リスク、利益、事業継続性──企業がサステナビリティに取り組む理由はさまざまだが、その中で最も普遍的な動機は「コンプライアンス」である。EU(欧州連合)のCSRD(企業サステナビリティ報告指令)は、義務的なサステナビリティ報告の対象をEU域内の企業だけでなく、域内で一定の事業活動を行う企業にも拡大している。

(企業が「何を」「いつまでに」報告する必要があるのかについては、「ストップ・ザ・クロック」提案による変更点を含め、当社のCSRD報告に関する前回の記事をご覧いただきたい。)

多くの企業では、報告義務の開始が延期されているものの、すでにCSRDに準拠、あるいはCSRDを見据えた報告書の発行を始めている。EY、Deloitte & DRSC、Key ESGなどの各社は、初期のCSRD報告に関する包括的な英語分析を発表しているが、先行企業の知見をどのように活用し、報告の質を一段引き上げるかについては、具体的な示唆が限られている。本記事では、こうした先行分析の要点を整理するとともに、日本企業が自社のFY2026またはFY2027の報告発行に向けて準備を進める上で参考となる報告書を選定し、紹介する。

初期CSRD報告の概要と分布

理想的なCSRD報告書の構成要素を検討する前に、これまでに発行された報告書の全体像について、よく寄せられる質問とその回答を整理してみよう。

報告主体は誰か
  • 2023年からすでに報告を行っていた企業
  • EU市場に上場している企業
  • CSRDによる開示要件の拡大を把握するため、義務化前にリスクの低い状況下で開示の試験的に実施することを志向する先進企業
これまでにCSRDレポートを公表した企業数はどのくらいか
  • これまでに250件を超えるCSRD準拠の報告書が発行されており、来年にはさらに多くの企業が公表する見込みである
EU域外企業も報告しているのか
  • 一部の企業は先行的に報告を開始している
  • EU市場に上場している企業を保有する場合も含まれる
  • 「CSRD準拠を目指す」報告書を発行している企業もあり、これは現時点で完全にCSRDに準拠してはいないものの、将来的な整合を見据えてCSRD要素を開示に取り込み始めていることを明示したものである
レポートの分量はどの程度か
  • 報告書の長さは、企業の報告書の統合度合いによって大きく異なる。財務報告とESG報告を完全に統合している場合、400ページを超えるケースもある
  • ただし、ほとんどの企業ではサステナビリティ関連部分の平均は100〜200ページ程度である
  • ボリュームが増している背景には、CSRDによる開示要件の拡大に加え、初期段階で報告義務を負うのが主に大規模企業であることも関係している。今後、より組織構造がシンプルな中小企業が報告を開始するにつれ、平均的な報告書の長さはやや短縮されると予想される
何が含まれ、何が含まれていないのか
  • 多くの報告書は、CSRDのような地域的フレームワークとISSBなどの国際的フレームワークの双方に整合している
  • リスクと機会の分析はすべての報告書に含まれているが、採用されている手法は統一されていない。一部の報告書では、企業のリスクと機会の分析を、マテリアルなCSRD指標に基づくインパクト評価と統合している。一方で、企業のリスク・機会評価とCSRDインパクト報告を明確に分離している報告書もある
  • CSRDで義務付けられているダブル・マテリアリティは全報告書に含まれているが、その評価の質には大きな差がある。より完成度の高い報告書では、評価手法のステップごとの説明や、サプライチェーン上での重要性の所在を特定する記述まで含まれている

”良い”レポートにするためのポイント

構成

報告書は「読まれること」を前提に設計されるべきである。投資家、規制当局、NGOなどのステークホルダーが、必要な情報を容易に見つけられる構成が求められる。報告書の構成が明確であれば、読者は「何が含まれており、何が含まれていないか」「提示された主張の根拠データがどこにあるか」「各データがどの報告基準に整合しているか」を簡単に把握でき、結果として報告全体の信頼性が高まる。また、あるセクションで別の箇所のデータを参照している場合には、そのデータの所在を明示し、読者が報告書全体を通読しなくても結論の背景を理解できるようにすることが望まれる。

ベストプラクティス:
報告書の各セクションが、どのCSRD報告要件に対応しているかをタグで示したり、ESRSのどの領域(環境・社会・ガバナンス)に該当するかを色分けして視覚的に区分する手法が効果的である。たとえば、L’Orealの「2024年ユニバーサル登録文書(Universal Registration Document)」では、CSRD報告項目と年次財務報告(AFR)項目の双方に対応する箇所をタグで明示している。また、ロッテの「2024年サステナビリティレポート」では、環境(緑)、社会(オレンジ)、ガバナンス(青)といったテーマを示す色分けされた箇条書き記号を用いて区分している。

明確さと一貫性

優れた報告書とは、ページ数が多いものではなく、報告要件に対して最も明確かつ簡潔に回答しているものである。重要な情報を冗長な説明や抽象的な表現でぼやかすのではなく、報告指標とその対応内容を直接的に示すことが重要である。補足的にニュアンスや事例、詳細な背景説明を加えたい場合は、まず該当する報告指標を明確に提示し、その後に関連情報を続ける構成が効果的である。”Show, don’t tell(語るのではなく、示せ)” という格言は、報告書記述にも当てはまる。つまり、「関連するステークホルダーと協議した」と書くのではなく、どのステークホルダーグループと、どのような形で協議したのかを具体的に示すことが求められる。

ベストプラクティス:
テーマに応じてベストプラクティスは多様だが、ステークホルダー・エンゲージメントの開示では、関与したステークホルダー群、その関連性、具体的な関与手法を明示することが推奨される。複合企業体の場合、グループ全体の定量的または箇条書きによる情報をページの片側に整理し、もう片側に主要子会社の具体的事例を配置する構成が効果的である。LOTTE Corporationの2024年サステナビリティレポートはその好例といえる。

誠実さ

報告書の中で、データが不足しているために仮定を用いた場合や、情報の機微性から一部を開示できない場合には、その旨を明確に示すことが重要である。こうした透明性のある姿勢は、報告全体の信頼性を高める要素となる。
優れた報告書では、単に「データが不足している」と記載するだけでなく、どの領域にギャップがあるのかを明示し、その解消に向けた具体的な計画やスケジュールまで提示している。

ベストプラクティス:
仮定や前提条件を明確に定義し、特にまだ策定過程の定量的な手法については、開発中の方法論を含めて透明性高く開示することが望ましい。Ford Motor Companyの「2024年統合サステナビリティ&財務レポート」では、このようなオープンな開示姿勢が示されている。

明確に定義されたメソドロジー

リスクや機会の評価、マテリアリティ評価、GHGインベントリ分析などにおいて使用するメソドロジーを明確に定義することは、現在および潜在的な投資家に対し、定量分析の根拠を理解させるうえで有効である。これにより、懐疑心や不確実性を軽減することができる。前述の「構成」「明確性」「誠実性」に関する3つのポイントを踏まえると、メソドロジーが検討中の段階であっても問題はない。多くの企業にとって、報告対象となる指標は新しいものであり、データの欠落や仮定が存在するのは自然なことである。重要なのは、弱点を認識し、それを開示する姿勢である。自社の弱点を認めない企業が、自社の強みを信頼性高く報告できる可能性は低いといえる。

ベストプラクティス:
あらゆる分析の実施手順を段階的に明示し、誰がどのレベルで関与したのか、またその評価が検証を受けたかどうか――受けた場合は、社内か外部か、どの程度の保証レベルであったのか――を示すことが望ましい。具体例として、Ford Motor Companyは人権影響評価(human rights saliency assessment)のプロセスと仕組み、さらにそれが基づく国際的なガイドラインを詳細に説明している。また、L’OrealのDMA(Disclosure on Management Approach)報告では、方法論のプロセスを段階的に示すとともに、各段階で実施された検証レベルを明確に開示している。

 CSRDレポート ケーススタディ
日本企業が参考にすべきCSRD報告書とは?

異なる業界から5社を選び、それぞれのCSRDレポートを詳細に分析した。これらの企業は、日本企業が強みを発揮している市場でも事業を展開しており、皆さまの業界における参考事例となる可能性がある。対象には、欧州企業だけでなく、国際基準に基づいて開示を行うグローバル企業も含まれている。 なかでも日本企業にとって注目すべきは、LOTTE CorporationとFordの取り組みである。LOTTE Corporationは多くの日本の大企業と共通する事業構造を持つ韓国のコングロマリットであり、FordはEU域外の企業としてCSRD報告を行う自動車業界の主要プレーヤーである。

上記は、すでに公表されているCSRD報告書の一部事例を示したものです。
Codo Advisoryでは、貴社業界内のCSRDおよびESG報告のベンチマーク分析を通じて、貴社が自信をもって情報開示を行えるよう支援いたします。
当社のCSRDおよびESGレポーティングに関するアドバイザリーサービスの詳細については、ぜひお問い合わせください。


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