公正な移行(Just Transition)と社会的公平性(Social Equity):脱炭素社会への移行に欠かせない視点



脱炭素社会への移行が急速に進む中で、その裏側にある「見えにくい影響」を見過ごしてはいけない。取り組みによって社会的格差や人権侵害を助長してしまうリスクがある今、企業は「公正な移行(Just Transition)」と「社会的公平性(Social Equity)」の視点を持つことで、レジリエンスを高めることができる。本記事では、これらの概念の基本から、移行に伴う人権侵害の事例、企業が取り組む際のステップまでを取り上げ、企業の持続可能な社会への「公正な移行」について考える。

はじめに:なぜ今「公正な移行」と「社会的公平性」なのか?

脱炭素社会への移行の必要性の認知が、昨今さらなる広がりを見せている。その一方で、脱炭素に向けた取り組みが、思わぬところで負の影響をもたらしている可能性があることを、見過ごしてはいけない。
脱炭素の取り組みが加速することで、EVや再生可能エネルギーの蓄電池に不可欠なコバルトの需要が2040年までに倍増すると予測されている。2023年時点で世界のコバルトの70%はコンゴ民主共和国より供給されており、劣悪な労働環境における作業と強制労働が蔓延っている上、約2万5000人の子供が危険を伴う鉱山労働に従事しているといわれている。脱炭素による資源需要の増加が人権侵害の影響を拡大させ、新たなプレッシャーポイントを発生させているのである。

出典:Global Critical Minerals Outlook 2024(国際エネルギー機関)

脱炭素の移行戦略においては、環境的視点だけでなく、ESGの3つの観点のバランスが保たれていなければ、真の持続可能性は実現しえない。どんな負の影響も、最終的には人間個々人が被ることになる。企業が社会で生き残るためには、労働者や地域社会との共存が必須なのである。

公正な移行(Just Transition)とは何か?

「公正な移行」とは、脱炭素化の取り組みにより誰も不利益を被ることなく、気候変動対策と社会的公平性を両立する持続可能な経済への移行である。

脱炭素社会へ移行するための取り組みは、グリーントランスフォーメーション(GX)と呼ばれるが、それと同時に、社会もまた変革を伴う。社会の持続可能に向けた変革を「ソーシャル・トランスフォーメーション」と呼び、普遍的な人類の発展を達成しようとする考え方である。これら環境的側面と社会的側面の両方の視点を考慮した、持続可能な社会への移行こそが、「公正な移行」である。

「社会的公平性(Social Equity)」の視点:誰にどんな影響が及ぶのか?

 脱炭素社会への移行は、地域間格差、世代格差、ジェンダー格差など、既存の社会的不均衡を助長させるリスクがある。特に日本では、地域経済の脆弱性や、労働市場における性別の分断などによって、構造的課題が顕在化しやすい状況にある。前述のように、特定の取り組みが加速することで、関連マーケットが急速に拡大し、その結果、対立構造が浮き彫りになる事例もある。紹介したコバルトの事例のように、「公正な移行」における「社会的公平性」の議論においては、しばしば人権侵害がその対象とされる。

 社会的公平性への対応を政府のみに任せ、企業自身が対応しなければ、社会的公平性に問題が生じたとき、企業にその責任が追及される。したがって、社会的公平性への対応は倫理的な問題だけでなく、企業責任の問題でもあるといえる。

国連「ビジネスと人権に関する指導原則(UNGPs)」では、企業による人権侵害への関与は、次の3つのカテゴリーに分類されるとしている。

Cause(原因):企業活動が直接的に人権侵害を引き起こす場合

事例:コロンビア・セサル県の炭鉱の閉鎖
コロンビア・セサル県で二つの炭鉱の鉱業権を保有していた企業が、石炭価格の下落を理由に操業を停止した。経済活動の80%を石炭採掘に依存していたこの地域では、年間1800億ペソ(約50億円)と5000人もの雇用の損失など、地域経済に大きな打撃を与えた。地域ステークホルダーからは「今まで有限資源を供給してきた我々の地域に、社会的価値のある再投資をせずに事業を引き上げることによって、地域住民が今後の方向性も明確化されず職を失ってしまう」と懸念が示された。

Contribution(貢献):企業活動が人権侵害に加担する場合

事例:会津若松市スマートシティ推進と高齢者のデジタルデバイド
福島県会津若松市で進められているスマートシティ構想の取り組みは、高齢者をはじめとしたデジタル技術に不慣れな住民を取り残す「デジタルデバイド(情報格差)」のリスクがある。すべての住民が新しい技術の恩恵を受けられるよう、教育やサポート体制を構築しなければ、人権侵害となる。

Linkage(関連):相互の利益のために結んだビジネス関係の範囲内で、関係主体が人権侵害を引き起こす場合

事例: ウイグル自治区での強制労働とアルミニウムサプライチェーン
日本のメーカーを含む複数の大手自動車メーカーが、中国・ウイグル自治区での強制労働に関連するアルミニウムをサプライチェーンに使用している可能性があると報告されている。自動車メーカーはもちろん、そのメーカーの自動車を使用している消費者も、人権侵害に関与していることになり、その影響範囲は計り知れない。

では、「公正な移行」が実現されない場合どういった人権影響が起きるのか― それこそ、人権の世界で用いられている「Cause, Contribution, Linkage」の三つの分類を踏まえて考えられると仮定する。例えば、あるエネルギー会社が脱炭素経営を進め、既存の化石燃料由来の事業部従事者を予兆なく解雇したとする。これは場合によっては人権侵害の「Cause」に値すると考えられる。前述のコバルトの事例に関しては、コバルトを原材料とする製品を製造している企業は人権侵害をサプライチェーン上で引き起こしていることとなる (=Linkage)。

そして、社会的な移行自体を拒めば、それは「Contribution」に値する可能性もあると述べたい。気候変動を促し、環境への負の影響を加速させてしまえば最終的には環境難民が増える等、「人」への影響が出ることは証明されている。要するに、移行への努力を拒めば人権侵害を促す社会構造に「加担」していると言えてしまう。

「公正な移行」への企業の対応

脱炭素社会の実現に多大なる影響力を持つ企業は、移行戦略における社会的側面の影響を考慮しなければならない。多岐にわたるステークホルダーを持つ企業は、社会への影響力も大きい。
企業は特に次の3つステップで、「公正な移行」の対応を進めることが望ましい。

ステップ1:
利害関係者との
協議システムの構築

公正な移行の基盤は、雇用者と労働者、企業と地域社会など、幅広い利害関係者との社会的な対話から構築される。そのため、気候変動対策に関する初期の議論、現状分析、目標設定、計画策定・実施、モニタリング、報告までのすべての段階で対話が実施されるシステムの構築が必要である。協議条件や任命プロセスが透明化されたうえで、公式的かつ定期的に実施されるような仕組みが望ましい。場合によっては、これらの協議・合意内容を書類化したり、「公正な移行」に関する方針として纏めることを推奨する。

ステップ2:
移行計画の策定

ステップ1で社会的な対話の基盤が整えば、その対話を踏まえた移行計画の策定に取り組むことができる。脱炭素のための移行における企業レベルでの決定事項は、しばしば労働者や地域社会にとって負の影響をもたらす場合があるため、そのリスクを把握し、リスクに対するレジリエンス(回復力)の方法・資源を計画に織り込むことが推奨される。また、計画は企業全体を包含することはもちろん、サプライチェーン全体を考慮しなくてはならない。人権デューデリジェンス、持続可能なサプライチェーン等の企業の既存取り組み・枠組みと可能な限り統合した進め方が検討されるべきである。

ステップ3:
移行計画の実行

ステップ2で策定された計画の実行では、なによりもステークホルダーに対する透明性の確保と外部連携が重要である。ステップ2でも述べた通り、計画は企業だけでなくサプライチェーン全体を巻き込んで実行することが必要であり、外部と連携して取り組みを進めることで、より大きな効果を発揮できる。

また、投資家にとっても、責任ある投資の基準として「公正な移行」の視点を組み込むことが一般化しつつある。具体的には、労働慣行や労働力計画の開示を求めることが増えてきている。公正な移行によって社会的公平性に取り組んでいる企業こそ、持続可能な企業であり、投資家はそのような企業への投資を通じて、持続可能な社会の実現を加速させることができる。 

まとめ:公正な移行が企業のレジリエンスを高める

気候変動の影響は、主に資本や富が集中していない脆弱性の高い地域に及んでいる。特に、透明性が低いサプライチェーンのある地点で、気候変動に起因する多くの人権侵害や被害が発生している。このような状況に対し、企業単体での実態の把握や対応には限界があると感じている企業も多いだろう。だからこそ、公正な移行を実現するためには、影響力(レバレージ)を有する企業が率先して取り組む必要がある。そうしなければ、サプライチェーンの見えない部分で人権侵害の発生や拡大を招き、企業の重大なリスクを引き起こしかねない。見落としてはならないのは、脱炭素に向けた環境面での移行と、社会面でのリスク対応を「同時に」進めなければ、それは真に公正な移行とは言えないということである。こうした複雑な課題に対しては、第三者の視点と専門的な知見の活用が欠かせない。

Codo Advisory株式会社では、強みである脱炭素の移行計画策定サービスに併せて、人権をはじめとした社会面での「公正な移行」の視点を取り入れた移行戦略策定・アドバイザリーを提供している。具体的には、人権方針策定やリスク分析を含む人権デューデリジェンスの整備から持続可能なサプライチェーンマネジメントまで、企業が直面する多層的な課題に対応できる体制を整えている。また、「公正な移行に関する企業方針」の策定を企業・業界によって推奨し、弊社が支援をすることも可能である。脱炭素社会への移行に取り組む企業こそが、社会との共存を果たしながら、自社のレジリエンスと競争優位性を高めていく時代だ。弊社は、そうした企業の「変化に強い未来」づくりを支援している。

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