TISFD: ESGの「S」に迫る



TISFD  (Task Force on Inequality and Social-related Financial Disclosures) が2024年9月に発足され、ホワイトペーパーである「People in Scope」が発行されました。断定的なフレームワークが現段階では提示されていないためTISFDが企業にとって何を意味するのかまだ未知数でありますが、本記事ではTISFDの背景や、人権や人的資本等との関連領域の比較をするとともに、今後の展開の予測や日本企業への影響等を解説をしてみたいと思います。

気候変動といった世界的課題に対し実際の活動を促すことができなかった現象は「パリ協定の失敗」と呼ばれていました。2015年、この失敗を受け入れTCFD (Task Force on Climate-related Financial Disclosures)が発足。当初は名前の通り、主に金融機関向けのフレームワークとして考えられていたものの、多くの気候関連の国際基準や規制に採択され、幅広く受け入れられる基準となりました。

気候変動が世界全体の協力を必要とする最優先社会課題であるためTCFDができたものの、因果関係が強い生物多様性に関しては言及がされていませんでした。世界のGDPの半分は自然資本に依存しているという研究が進み、さらには気候変動と共通して「国境を越えた協力が必要な最優先社会課題」であるため、生物多様性に焦点を充てたTNFD (Task Force on Nature-related Financial Disclosures) が2021年に発足されました。

その後、2024年9月にTISFD (Task Force on Inequality and Social-related Financial Disclosure) が発足されましたが、実は2021年にすでに種が撒かれていました。コロナパンデミックを経て、世界的に貧富の格差が加速し様々な社会関連課題が悪化していることに課題意識がもたれ、格差問題(=Inequality)に焦点を充てたタスクフォースの議論がなされました。

とはいえ、社会関連課題といった枠組みにおいては格差問題以外にも気がかりな課題が多く、パンデミック中から今に至り

・企業のレイオフが多発
・賃金問題と生活費上昇
・サプライチェーンの複雑化と停滞
・サプライチェーン上流における人権問題の放置
・政府への信頼度の低下
・政治・社会思想による分断

…等と、もちろん格差問題と因果関係が強いものの、述べきれない数の複雑に絡み合っている問題が顕著となっています。これら社会課題を加味した上で、人権や人的資本との整合性が取れたフレームワークについての要望や懸念が投資家を筆頭としたステークホルダーからあったため、TISFDは「Social-related」といった広範囲な課題ユニバースを取り扱うタスクフォースとして2024年に発足されました。

TISFDの背景は上記の通りですが、まだタスクフォースの立ち上がり段階で厳密なフレームワークの定義付けはされておりません。但し、9月下旬に開示されたレポート「People in Scope」で彼らのアプローチや考え方についての大枠が解説されています。筆者は、特に12ページ目に記載の想定されるアウトプットが重要だと考えており、以下におさらいします。

①グローバルの開示基準
企業や金融機関が使用できる、格差や社会関連課題のインパクト(影響)やリスクと機会に因んだグローバル開示基準の提示・推奨。TCFDと同様、4つの柱で構成される。

②ガイダンスや推奨事項
開示基準(①)の実践に活用できるガイダンスを提示。指標(開示の世界で重要となるKPI)等の提示や推奨もされる。

③教育とキャパシティビルディング用の資材
企業や金融機関に限定せず、より多くの方(NGO含む市民社会、政府等)が使用できる教育資材を提供。

④基礎概念
企業や金融機関の活動による、「人」に対するポジティブとネガティブインパクトを整理。また、人権や人的資本といった既存概念や用語との整合性や関連性を示す。

⑤影響を示すエビデンス(証拠)
格差や社会関連課題の企業や金融機関にとっての影響、企業や金融機関の活動による格差や社会関連課題の助長の構造、そしてこれらの経済的影響等を示すリサーチを実施しエビデンスを提示。

①と②はまさしく、企業が求めるような開示のフレームワークとガイダンスを示しています。ここまで、人権・人的資本関連の開示は無論、GRIや近くEUで開示が必須となるESRS等のフレームワークはありつつも多少解釈の余地がある自由演技的な部分が存在していました。TISFDにより、これがよりリジッドなものになると考えてよいでしょう。

さらには、④と⑤も気になる内容です。どうしても棲み分けが難しかった人権、人的資本、格差、ウェルビーイング等の概念が整理されると思うと気になるところでありながら、それがさらにどういった経済的影響と紐づくのかエビデンスが出されるとのこと。

これまで、GHGプロトコルといった明確な枠組みの存在とカーボンプライシングにより、トン当たりの経済価値($)が明確で排出量削減に関しては企業も国も少しずつではありましたが取り組みが進んできました。その傍ら、人権率いるESGの「S」は定量的な経済価値換算がチャレンジングであるためリスク低減を越えた域での取り組みが諦められがちでした。これに関する考え方が提示されるだけで、取り組みが加速される可能性が大いにあります。

前途の通り、「格差」のみのタスクフォースを設立するより、人的資本や人権も統合してタスクフォースを作る要請がありました。近いようなお話となりますが、IFRS S1がサステナビリティ関連情報全般、S2が気候関連の開示であった経緯から、IFRS財団は当初、S3は人権関連の開示要求を検討していました。ここでも、人権だけ切り離すのではなく、現代社会の大きな課題となっているウェルビーイング等の観点と人権も総合的に示す人的資本関連の開示要求を欲する声が多くの投資家から集められました。以降、S3は生物多様性、そして人的資本といったトピックが主題となるとIFRS財団から言及がありました。

今まで、人権は人権で指導原則が大本の枠組みでありながら、人的資本は特に国内においては伊藤レポートが考え方の大本となっています。ただ、伊藤レポートは国内特有のものであり、さらに言えば人権の概念がほとんど出てきません。日本における人的資本の考え方は世界的に見ても進んでいながらも、この「人権や他のサステナビリティ分野との照合・統合」が全く議論されておらず、多少ガラパゴス化が否めません。幸いなことに、S3の話もある上に、TISFDでもこの2分野の整理を心がけているようです。

TISFDの上記考え方によれば、「人権」は最低限の人間のウェルビーイングの水準を保つためにも必要な権利であり、「ウェルビーイング」とは、個々人が生活をする上でのウェルネスの幅です。「格差」はグループ間(人種は人間のグループの一例)若しくはグループ内におけるウェルビーイングや人権の幅や差異と整理されてます。また、これらのものと人的資本や社会資本の関連性も示されています。

人権があってこそのウェルビーイングで、これらが良い状態にあればあるほど人的・社会的資本が高まれば、逆もそうであるとのことです。ガイダンス上においてもどこまでこの概観図と整合性のとれた推奨事項や開示フレームワークを提示できるか、注目のポイントだと思います。

実は2023年にTCFDのフレームワークとタスクフォース自体がISSB (International Sustainability Standards Board)と統合されたため、今後TxFDといった枠組みは「ほぼ」IFRS財団のISSBと同等の「政治的アイデンティティ」として扱って良いと筆者は考えています。前途の通り、次はS3が待ち構えているため、TISFDで検討される内容・考え方がそのままS3に移管されると想定してもよいと思います。

ではこれがどう日本国民、そして日本企業に影響を与えるかという疑問があるはずです。先ず、日本版ISSBのSSBJ (Sustainability Standards Board of Japan: サステナビリティ基準委員会)は、日本版S1, S2の草案を公開済みで2025年3月までに確定版を発行するというタイムラインがあります。そのため、最短でも日本企業はS1, S2が2025年の会計年度に適用され、2026年の後半等にサステナビリティレポートを筆頭とした開示情報に盛り込むでしょう。

単純に言えば、S3はその後になるので最短でも約3年後を目安に日本企業の「規制対応」上の動きが活発となるでしょう。ただ、日本企業は2023年度から人的資本開示が有価証券報告書上必須項目となっており、独自の開示フレームワークである伊藤レポートを中心とした考え方の発展によりグローバル基準で見ても珍しい動きを見せています。

今後は、
・人権などの他のS分野とのシナジー
・国内独自の人的資本開示動向と、グローバル基準となり得るTISFDのギャップ
・TISFDに言及される、日本国内で今までさほど議論されなかった要求の検討

これらの課題感に対する解答を政府率いる規制やガイダンス、若しくは企業や市民社会が独自で考え方を提示していく必要性があると筆者は考えています。

2020年のHCI (Human Capital Index) において世界3位という上位に位置する日本は他国と比べ、一般的には人的資本がかなり成熟した状態にあると考えられてます。但しビジネスという枠組みに限定した際、人的資本経営が極端に進んでいる部分(終身雇用(=レイオフが少ない)、人材開発等)と極端に遅れている部分(メンタルヘルス、多様性、賃金問題等)が両方あると考えてます。

TCFD、TNFDと違い、TISFDが取り扱う議題に対して現段階で日本企業が貢献できる余地は大いにあると言えると同時に、学ぶべきことも多くあると言えるのではないでしょうか。


如何でしたでしょうか。ESGの「S」にパッションを持ち、幸いにも2015年から人権やサプライチェーン、そして人的資本関連のプロジェクトに携わってきた筆者の目線ですが、TISFDはかなり楽しみにしています。複雑且つ恣意性がどうしても出てきてしまう社会関連課題だからこそ、こういった基盤が現れることに重要性を感じます。

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