
ベノア・モルガン | コンサルタント
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ISSBがサステナビリティ開示の共通言語を確立しようと動き出してから3年。世界はその言語を話し始めているが、足並みは揃っていない。前進する国がある一方で後退する国もあり、主要経済大国の一つはテ完全に離れようとしている。2026年半ば時点でのESG報告の現状評価、そして2025年4月のCodoインサイト「激動の時代における成功の鍵は “Slow and Steady”:ISSB、SSBJ、CSRD、米国のESG規制動向」のアップデートをお届けします。
ISSB:世界標準への道
ISSBは現在、サステナビリティ開示のグローバルな基準点となっており、次は自然関連開示の詳細を精緻化することに焦点を当てている。
ISSBが2023年にIFRS S1・S2を公表した際に見据えていたのは、最も野心的な基準を作ることではなく、最も採用されやすい基準を作ることだった。この基準の土台にあるのがシングル・マテリアリティという考え方であり、企業が開示するのはあくまで、サステナビリティ課題が自社の企業価値にどう影響するかであって、企業活動が環境や社会にどう影響するかではない。このハードルを意図的に下げる設計が功を奏し、IFRS財団の集計では、36の法域がISSB基準を採択済み、あるいは正式に採択へ向けて動いており、中国やインドといった主要経済国でも導入に向けた検討が進んでいる。
その後の取り組みの焦点は、使いやすさの向上にあった。2025年12月に公表されたIFRS S2の改訂では、金融機関がスコープ3カテゴリー15(投融資に関連する排出)について投融資先の排出量に限定して開示できるようになったほか、地球温暖化係数(GWP)の値や算定方法に関する法域ごとの弾力的な取り扱いが認められ、業種分類についてもGICS以外の体系の使用が可能になった。適用開始は2027年1月1日以降開始の報告期間からだが、早期適用も認められている。
そして今、関心は自然関連の情報開示へと移っている。2026年4月に北京で開催された理事会において、ISSBは自然関連開示について、独立した基準ではなく、拘束力を持たないIFRS実務記述書という形で進めることを決定した。これは、S1・S2の導入を現在進めている各法域の取り組みを妨げないようにするという、意図的な配慮によるものである。この実務記述書は、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の枠組み、特にLEAP(発見・診断・評価・準備)アプローチを踏まえた内容となる見込みで、公開草案は2026年10月に公表される予定である。なお、ISSBは、「重要な自然関連情報についてはすでにIFRS S1のもとで開示が求められている」としており、今回の実務記述書はあくまでその開示方法を明確化するものと位置付けている。
SSBJ:日本の新基準
時価総額3兆円以上のプライム上場企業はすでにSSBJ開示の1年目に入っており、最初の報告書は来年3月期分として提出される予定である。
日本は、ISSBがTCFDを引き継いで以降、一貫して示してきた方針どおりの道を歩んでいる。2025年3月に確定したSSBJ基準は、IFRS S1・S2と実質的に同等の内容を日本の法制度に合わせてローカライズしたものであり、ISSBと同様にシングル・マテリアリティの考え方を土台としている。
2026年2月20日、金融庁は、プライム市場上場企業のうち一定の時価総額基準を上回る企業を対象に、SSBJ基準に基づく開示を義務化する内閣府令を確定した。適用は平均時価総額に応じて段階的に進められ、時価総額3兆円超の企業は2027年3月期から、1兆円超の企業は2028年3月期から、5,000億円超の企業は2029年3月期から、それぞれ開示が求められる。それより小規模な発行体については、なお検討が続いている。また、最初の2年間は2段階の経過措置が適用される。同じ内閣府令では、SSBJ基準とは別の枠組みとして人的資本開示の拡充も図られており、2026年度以降、有価証券報告書の提出企業は、経営戦略と連動した人的資本戦略、従業員の報酬設定に関する方針、そして平均年間給与の前年比変動について、追加的な開示が求められることとなった。
SSBJはその後もISSBの動向を注視し続けており、2025年12月のIFRS S2改訂についても対応を検討するなど、日本の開示制度をグローバルな基準と相互運用可能な状態に保ち、複数法域で事業を展開する企業にとっての二重開示コストの軽減を図っている。

開示だけが新たな義務というわけではない。2025年5月28日に成立し、2026年4月1日に施行された改正GX推進法により、日本の排出量取引制度(GX-ETS)は、これまでの任意参加から、直近3年間のスコープ1排出量の平均が10万トン以上の企業にとって義務参加へと転換する。対象となるのはおよそ300~400社で、これらの企業だけで国内排出量の約6割を占める。GX-ETSの対象範囲とSSBJに基づく有価証券報告書開示の対象範囲は異なる(GX-ETSは直接排出のみを対象とするのに対し、SSBJ開示はグループ全体を対象とし、スコープ2・3も含む)ものの、検証済み排出量データの多くは共通しており、一度整備すれば両方の対応に活用できる。
EUオムニバス:何が残っているのか
EUオムニバスは義務的報告の対象範囲を縮小したものの、ダブル・マテリアリティという考え方自体は維持されており、これがSSBJなど他の制度との大きな相違点となっている。日本企業にとっての焦点は、SSBJに整合した報告がN-ESRSで受け入れられ、EUでの並行申告を免れることができるかどうかである。
もともと別個の3つの制度として存在していたCSRD(企業サステナビリティ報告指令)、CSDDD(企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令)、CBAM(炭素国境調整メカニズム)に対し、企業側から「負担が過大だ」との懸念が相次いだことを受けて誕生したのが、EUオムニバス法案である。オムニバスI指令は2026年3月18日に発効し、加盟国はCSRD関連条項を2027年3月19日までに、CSDDD関連条項を2028年7月26日までに、それぞれ国内法化する必要がある。
CSRDの適用対象は、従業員数1,000人超かつ純売上高4億5,000万ユーロ超の企業に限定されることとなった。これは、従来の「3要件中2要件」方式に代わる二要件同時充足方式であり、対象企業数はおよそ5万社から約5,000社へと大幅に絞り込まれる。基準面では、欧州委員会が2026年5月6日に改訂ESRS(欧州サステナビリティ報告基準)の草案を公表し、6月3日にパブリックコンサルテーションを終了した。欧州委員会の説明によれば、必須データポイントは60%超、総データポイントは70%超それぞれ削減され、任意開示項目は全廃される。一方で、企業1社あたりのコンプライアンスコストは30%超削減される見込みだという。改訂ESRSは2027年度から適用され、2026年度からの早期適用も選択可能である。また、中小企業向けの任意基準(VSME)についても2026年7月の公表が見込まれている。
EU域外企業については、適用の基準も引き上げられた。具体的には、グループ全体でのEU域内純売上高4億5,000万ユーロ超に加え、売上高2億ユーロ超のEU域内子会社または支店を有することが要件となり、従来のEU域内売上高1億5,000万ユーロという基準から引き上げられている。EFRAG(欧州財務報告諮問グループ)の試算では、これにより対象となるEU域外企業はおよそ1,200社にとどまり、従来比88%減となる見込みである。こうしたEU域外親会社の報告方法を定める別基準(N-ESRS)については、改訂ESRSとの整合性を図るため、意図的に策定が先送りされている。EFRAGは2027年1月末頃を目途に技術的助言を提出する予定である。
EFRAGは3つのアプローチを提案している:
①ISSB/SSBJに整合した形でのグローバル報告を全面的に活用する方式、
②グローバルな気候関連開示とEU固有の影響に関するEU向け開示を組み合わせた混合方式、
③ESRSを全面的に適用する方式、の3つである。
日本政府はこのうち①と②を正式に支持しているが、その理由は明白で、SSBJに整合した報告でN-ESRSの要求を同時に満たせるようになり、並行報告の負担が解消されるためである。
デューデリジェンス指令(CSDDD)についても、さらなる縮小が図られた。適用対象は従業員5,000人超かつ売上高15億ユーロ超の企業に限定され、適用時期は2029年7月26日に統一された。また、気候移行計画の「実施」義務は撤廃された ( 「報告」義務は存続) ほか、EU統一の民事責任制度は撤回され、上限付きの制裁金制度に置き換えられた。これら一連の見直しを経てもなお存続したのが、ダブル・マテリアリティの考え方である。これこそが、欧州の枠組みを他の主要な制度と一線を画す、唯一の特徴として残ることとなった。
米国:敵対的な環境
米国が国内では規制を後退させる一方で、大企業グループは依然として、EUオムニバスの報告規則や、存在感を増すISSBの適用対象であり続けている。
2026年5月29日、SEC(米国証券取引委員会)は、2024年に制定した気候関連開示規則を全面的に撤回することを提案した。最終的な採決は、2026年後半または2027年初めに行われる見通しである。SECの見解によれば、証券開示は投資家の投資判断にとって重要性のある情報に限定されるべきであり、気候関連規則はSECの法定権限を逸脱するものであった。また、その費用は投資家にとっての便益に見合わないとされ、規則を撤回することで年間約49億ドルの節減効果が見込まれるという。
連邦レベルでの撤退が、米国における開示の終わりを意味するわけではない。米国企業に開示を継続させる力として、3つの要因が存在する。第一に州法である。カリフォルニア州のSB 253は、同州で事業を行う売上高10億ドル超の企業に対し、2025年度データについてスコープ1・2の開示を義務付けており、規制当局はその最初の期限である2026年8月10日を改めて確認している。SB 261(売上高5億ドル超の企業を対象とする気候リスク開示)は控訴審係属中で停止している。また、ニューヨーク州はカリフォルニア州をモデルとした法案の審議を進めている。第二の要因は、CSRDの域外適用とISSB基準への収斂圧力である。そして第三が、投資家およびサプライチェーンからの要請である。
企業側は、対外的な発信を控えつつも、実際の取り組みは維持・拡大している。Financial Timesの報道によれば、米国の大企業上位50社のうち71%が、公の場での「ESG」への言及を減らしながらも、気候目標へのコミットメントは維持しているという。
ただ、状況は一様ではない。連邦レベルでの義務付けがない以上、一部の米国企業にとっては、積極的に取り組む動機が乏しくなる可能性もある。グローバルに事業を展開し、投資家から注視される企業は取り組みを継続する一方、国内志向の企業は静かに後退していくだろう。米国は連邦レベルの基準設定者という立場から退きつつあるが、米国企業自体は、EUの域外適用とISSBの求心力によって、依然としてグローバル基準につなぎ止められている(もっともEU自身も、オムニバスを通じてその域外適用の範囲を縮小してはいるものの)。「ブリュッセル効果」は確かに存在するが、その効き目は弱まりつつあり、事実上の収斂点は、もはやワシントンでもブリュッセルでもなく、ISSBへと移りつつある。
| 開示フレームワーク | SSBJ | ISSB (IFRS S1, S2) | 米SEC(通称:Climate Rule) | SB253: CCDAA, SB261: CFRA | EUオムニバス |
| 対象地域 | 日本 | グローバル | アメリカ | カリフォルニア州 | EU |
| 義務化 | 義務 | 任意 | 義務 | 義務 | 義務 |
| マテリアリティ | シングル | シングル | シングル | シングル | ダブル |
| 発行主体 | FASF/SSBJ | ISSB / IFRC / IASB | SEC | カリフォルニア州 議会 | ESRS |
| 正式名称 | サステナビリティ 基準委員会基準 | International Sustainability Standards Board | The Enhancement and Standardization of Climate-Related Disclosures | SB 253: Climate Corporate Data Accountability Act, SB 261: Climate-related Financial Risk Act | Omnibus I, Directive 2026/470 |
| 公表年 | 2025年 | 2023年 | 2024年 | 2023年 | 2023年 |
| 初回適用予定 | 2027年 | 任意(36の法域がISSB基準を採択済み、または採択を予定) | 2025年 | 2026年 | 第一段階:2025年(2024年データ)、2028年までに規模拡大 |
| 現在の適用予定時期 | 2027年 | 任意 | N/A | SB253: 2026年 SB261: N/A | FY2027(2026年度からの早期適用も可能) |
| 公表以降の変更内容 | 2026年3月:ISSB IFRS S2の改訂に整合させるための改訂 | 2025年12月:IFRS S2におけるGHG開示要求の改訂 | 2026年5月:撤回提案 | SB253:現時点では変更なし SB261:控訴審係属中により一時停止 | 「オムニバス」パッケージによる開示要件の簡素化および対象範囲の縮小 |
表1:主要地域の報告フレームワーク概要表
まとめ
ESG開示の制度的な枠組みは、おおむね構築を終えたと言える。基準は出揃い、各フレームワークは収斂に向かい、データ収集の基盤も成熟しつつある。実際に「勝者」となったのはISSBだ。それは、最も野心的な選択肢だったからではなく、最も採用しやすい選択肢だったからにほかならない。日本のSSBJも、より野心的な制度が直面してきた政治的な逆風を巧みに避けながら、このISSBという基準線に乗る形を取っている。
一方EUは、ダブル・マテリアリティという一線だけは譲らなかった。これが、他のあらゆる主要な枠組みとEUを分ける特徴として今なお残っている。産業界からの強い圧力にさらされながらもこの一線を守り抜いたこと自体、一つの成果だと言えるだろう。米国は連邦レベルでこそ後退したが、その企業群は、域外適用ルールと投資家からの要請によって、なおもグローバル基準へと引き寄せられ続けている。この静かな継続が、確固たる実務として根付くのか、それとも国内での義務付けを欠いたまま次第に色あせていくのか——それが米国に残された問いである。
制度的な枠組みはすでに整った。今やあらゆる制度に共通するのは、結局のところ最初から最も重要だった、あの問いである:「開示が意思決定へと転換され、最終的には行動へとつながるのか」。
詳しくは
- Use of IFRS Sustainability Disclosure Standards by Jurisdiction – IFRS (英語のみ)
- サステナビリティ基準委員会
- Corporate Sustainability Reporting – European Commission(英語のみ)
- SEC Proposes Rescission of Climate-Related Disclosure Rules – US Securities and Exchange Commission(英語のみ)
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